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または私は如何にして心配するのを止めてバグを愛するようになったか

>> Zanmemo

あと何かあれは 「esehara あっと じーめーる」 か @esehara まで

独習のさいに、自分が使っているもっともシンプルな勉強ノート

はじめに

個人的には、「どういう風にして情報を整理するべきなのか」みたいな、よくわからない個人研究があるせいか、よくノートのとり方、みたいなことを調べている。

個人的にはコーネル大学式ノートの構成が気に入っていて、一時期こういうレイアウトで使っていたことがあるのだが、結局のところ、結構複雑で、かつ何処に何を書くべきなのかわからなくなってやめてしまった。これは講義用とか会議用のときで、たぶん、独習とかのときになると、途端に使いにくいように感じてしまった。

また、最近だと世間を騒がせている例のところが使っているような、実験・研究のためのノートリサーチラボノートというのもある。これもなかなかレイアウトとしては面白いし、興味はある。

コクヨ リサーチラボノート エントリーモデル 研究記録用ノート A4 ノ-LBB205S

コクヨ リサーチラボノート エントリーモデル 研究記録用ノート A4 ノ-LBB205S

他にも、例えばアプリケーションの設計なんかには「コンセプトフローノート」を使っている。左側に自由スタイルの枠と、右側に罫線が引いてある部分に分かれ、たぶん今使っているノートに近いレイアウトだ。だけど、これもやはりどちらかといえば、それこそ設計とか企画とかを練るノートだと思っている。

で、現在、数学をそれこそ赤ちゃんの段階からやり直しているのだが、一週間か二週間ほどこのレイアウトでノートをとり始めたら、割とはかどりはじめたので、どれだけ参考になるかどうかわからないけど、公開する。

実物

これは、『論理学をつくる』を勉強しているときに出来たノートだ。

ノートの目的

たぶん、応用は色々効くと思うが、今回はある教科書、事例に対して一つずつ確認していくものとして利用する。読書でいうと、どちらかといえば「精読」というジャンルの方法に入る。そのため、他の勉強方法によっては、この構成は使いにくいかもしれない。

作り方

レイアウトは至極簡単

  • ページの真ん中に、縦に線を入れる

たったこれだけ。

使い方

原則

  • 左には「事実・命題・主張」のみを書く
  • 右には「間違ってもいいこと、左の項目を補強するもの、それを自分ならどう説明するか、あるいはその解釈」を書く

解説

なんでこういう定義にしているかというと、それこそ雑に言うなら、要するに「客観」と「主観」を区別するためだ。そして、大抵の場合は「客観」と「主観」がごっちゃになってしまうために、勉強のときに混乱が生じているように感じる。

恐らく「事実・命題・主張」というのは、基本的には「他人からも検証できること」と考えることができる。しかし、それに対して自分が考えたことというのは、基本的にはまだ検証されてないことであり、それいいのだ。しかし、これを分けておいたほうが、「自分の考えたこと」を、「そういう事実・命題・主張である」と勘違いしなくて済む。

ただ、ここで「客観」と「主観」というと、何が「主観」で何が「客観」なのか、みたいな悩みも生じると思うので、「客観」と「それ以外」というほうが、実状の運用がスムーズにいくかもしれない(実際、自分はそういう感じだ)。

ある意味、右のカラムは「なんでもあり」という部分であるとも言える。

応用

基本的に、上のように使えばいいとは思うけれど、それに対して、自分は補足ルールを作っている。

  • 左の「事実・命題・主張」に言及する時は、並列して右に書く
  • 右の「考えたこと」から恐らく帰結するであろう事実に対しては、一段落ずらして書く

要するに、「事実・命題・主張」と「解釈」が対応するようにレイアウトして書けばいい。

弱点

上記にも書いたけれど、これはかなり「精読」チックなやり方なので、そういう風に向かう対象でなければ、これは冗長過ぎる部分はあるだろう。とはいえ、軽めの自己啓発に関しても、「こう言っていた」「こう考えた」ということを比較して考えるのにはちょうどいい分け方、かもしれない。

最後に

個人的には、こういった「綺麗なノート」を取るタイプは勉強が出来ないと相場が決まっている、とか考えちゃうのだけれど、しかしあるデザインがそのモノの意味を変容しちゃうように、ノートの書き方によっても、自分の考え方を変容させる要素がある。つまり、「道具によって、考え方が変わる」というわけだ。

上の方法は、俺が数学を勉強するのを続けるに当たって、自然とできた方法だ。だから、これが全てではない。ただ、何かを勉強するときに行き詰まった場合、こういう風に「ノートのとり方を工夫してみる」と、案外、「何かを理解するということ」がスムーズにいくときがある、というのはちょっと考えてもいいことだとは思う。

論理学をつくる

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